ビルマの微熱

On 2016年1月26日 by pointweather

速報!2月の10日から月末まで浅井寛司さんの撮ったミャンマーの写真を展示させて頂くことになりました!
12596663_921018551345527_642667283_o浅井さんは撮り旅でもお世話になった編集者、そして旅仲間として仲良くさせてもらっている山本さんに紹介してもらったご縁で知り合ったフォトグラファーさんです。
偶然にも以前お店でチベットの写真の展示をしてもらった栗田さんと四川チベットの山奥で偶然出会って一緒に旅をした仲だったり。本当に天文学的な偶然がわりと頻繁に起きるこの素晴らしき世界に乾杯。
12596893_921018504678865_1975470207_o浅井 寛司 (Asai Hiroshi)
写真家

1984年三重県鈴鹿市生まれ。
大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒業後、エンターテインメント企業にてビジュアルアーティストとしてデザイン業務を担当。会社業務の傍ら、国内外問わず魅力ある風景や人々の営みを求めて撮影の旅に出る。

・2015年 第24回 林忠彦賞 最終選考ノミネート
・2014年 JPS展 入選 「万物斉同」
・2014年 ニコンサロンJuna21 入選「標高4000Mの祈り」
・2011年 クロスロードギャラリー「夢の痕に見た鉱景 ~鉄の巨人と白妙の庭~」

以下キャプションになります。
12632828_921018474678868_1148149385_oビルマの微熱

 はるか昔、遡ること約1000年。エーヤワディー川周辺には土着の民族による幾つもの小国家が存在していた。だが、中国南部より南下したビルマ人によりその国々が統一され、最初の統一国家「バガン王朝」がこの地に建国される。バガン王朝は先住民族の文化的影響を受け、仏教や文字を取り入れることにより文明民族として大きな繁栄をもたらした。しかし、大乗仏教を廃止し、上座部仏教を国教とした事により、王たちは過度ともいえる寺院建築を始めやがてそれは国力を疲労させるという皮肉な結果となった。

 時代は流れ、ミャンマーは幾度も戦火を交え、植民支配、独立をたどる過程で軍部は軍事政権を樹立する事となる。だが、腐敗した軍政にミャンマーの人々は民主化を叫び、軍部による圧政、武力弾圧を退けついに2015年11月13日、民主化を叫んできた国民民主連盟 (NLD)が歴史的勝利を収めた。

 私がミャンマーに訪れたのは、政治的な熱をピークに迎えようとするその時、NLDが勝利を手にする一月前であった。そこで私が目にした激動の狭間に生きるミャンマーの人々の素顔は、意外にもいたって平穏なものだった。しかし、彼らは目を輝かせて言う。
「軍政が終わればミャンマーはもっと豊かになる」
 苦しい貧困を経験してきた国家が、静かな微熱を帯び新たに大きく動こうとしているのだ。

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