日本海側の風景やスナップを撮って、何か作品のようなものができないか、ここ数年ずっと考えております。

北は北海道から九州。佐渡、対馬、壱岐、隠岐。つい先日は飛島にも行ってきました。なるほど、地図を見ると大概の海岸線はなぞるように旅をしているのですが、新潟と富山の間、上越エリアはそういえば未踏の地。
ならば行ってみようと北へ。

今回我々は安曇野から北上ルートを取りました。白馬を経由して北へ北へ。日本でも有数の山々とまだ春とも言い切れない境界線上の季節。雪が道のわきにこんもり積もるのを見ては一憂。空からふわりと粉雪が降ってきてはまた一憂。なにしろ雪が怖いのです。

時間ないのに寄り道三昧かまして閉館間際に念願のフォッサマグナミュージアム!
日本列島を縦にぶった斬る地層、フォッサマグナがいかに生まれどのような経過を経て今に至るのか。本当神様が泥とか捏ねて人間と山を作りましたみたいな話の方が腑に落ちる規模のスケール。

蛇足ですが僕のポーズは分断した地層のイメージしております。

翡翠、翡翠、翡翠。これでもかと言わんばかりに日本海に流れる糸魚川の下流で採れた翡翠の展示が続きます。

そうなのです。目的はズバリ翡翠狩り。
この辺りは翡翠海岸とばれ海岸の小石にまれに翡翠が混じっていて、発見できたら持ち帰ってもよろしいということではるばるやってきました。

春翠の翠は翡翠から取りました。
お金が流通する前に黒曜石などと交換されていたこの石。
美しいとは何なのか。価値とは何なのか。その基準が社会ではなく個人が決めていた時代、この緑色に輝く石、あるいはそこから作るマガダマに美や価値を見出す人間の想像力、認識力。

古くは古事記、神々が暮らす頃にもはるばる出雲より大国主が翡翠の女神ヌナカワヒメに求婚に来たとか。事実日本中に糸魚川産の翡翠が運び込まれ取引された形跡があるそうです。
じっとその研磨された断面を見ているとその紋様が遥か上空からツンドラのような大地を見ているようにも見えるし、何かもっと深層心理に眠っている風景のようにも見えてきました。美しい。。

地層のことを学びながらもやはり気持ちはそわそわ。
太古の大地の隆起よりも僕の気持ちを惹きつけた情報は翡翠に超よく似たキツネ石なる物質が存在し、人間はよく化かされるという情報。マジで紛らわしい。

そして我々はついに現場に辿り着きました。春翠にとっては初めての日本海。
まず驚いたのが、まだまだ寒い新潟の海。いい感じに波も高く浜に降り立ち石を拾ってる人なんて誰もいません。

そしてわかっていたことですがとんでもない量の石。この無限の砂利の中から玉を探し出すことなんて本当にできるのか。。

物色していると。。早速荒波の洗礼。

翡翠を見分ける方法は半分海に入って足元でボヤッと輝く白い石を拾うのがポイントだそうです。緑ではないんですね。

ていうか海入れるわけない。
そこで僕は作戦を変えたわけなんです。幸い我々はマイカーではるばるここまでやってきました。荷物を積む分にはそれほど労力は使いません。それっぽい石をがしがしリュックに入れ当たればラッキーと。

それにしてもそもそも白くもない石が多く、ついには高波を浴びてしまい、気持ちが折れ、ちょっと気分を変えてみようとラベンダービーチと呼ばれる近くの浜に場所を変えました。波を浴びた影響かレンズが滲んで夕日が美しい。

そして、ついに、これどう考えてもこれ翡翠っしょ!って石が大量に固まって落ちているジェイドスポットを発見してしまったわけであります。
白く、すべすべしていて、なんだかぼうっと光っているようにすら見えてきました。
ヌナカワヒメ様ありがとうございます。

しかしあまり欲をかいてはいけない。次の方へ残しておく配慮は忘れずに。

翌日訪れた戸隠地質化石博物館で仲良くしてもらった館長さんに石の鑑定をしてもらえることになりました。
結果は。。きつね石ですらないただの白い石だそうです。そもそも軽いですねと。。
翡翠は重いそうです。

お父さん、春翠に翡翠をプレゼントしたかった。。
また来ます。

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