信州は上田にある無言館をご存知でしょうか。
大好きな歌手に寺尾紗穂さんという方がいらっしゃるのですが、彼女の著書、彗星の孤独で紹介されていて以来ずっと気になっていた存在でした。

茅野方面から霧ヶ峰を越え山、山、山。
ようやく上田の盆地が見えてきた頃、里と山の境界線上の静かな丘の上、お地蔵様や墓石のように人間が作ったものでありながらどこか風景の一部に溶け込んでいるような印象を受けるコンクリートの塊、それが無言館でした。

80年ほど前、画家を志しながらも兵隊として前線へ送られ帰らぬ人となったたくさんの人達。若くして夢と命を断たれた彼らが最後に残した作品の数々。
割と今までたくさんの美術館に訪れていると思うのですが、憐憫とも感動とも異なる、言葉にし難い気持ちで心が満たされました。
表現したいという気持ちや衝動は時代を経ても全く色褪せず伝わってきて、むしろ残り少ない時間を知っているかのような切実な気持ちがヒリヒリと伝わってきました。

今改めて思うことは、先人の努力と後悔の果てにあるこの時代に感謝。
そして作品を作り出し、そして展示することの意味や意義とは何かを改めて考えるようになりました。誰かに評価されるためや自分のキャリアや居場所を作る、けれどもその先、人生の最後の日に一体何を思うのか。
願わくば生きた証になるような何かを作りたい、先人の作品を見て、そんな気持ちが自分の中で強くなっていきました。

無言館では今もなお、世の中に出ることなく静かに眠りについている戦没画学生の作品を探しているそうです。
静かな静かな山の中。無言の館から教わることは少なくないと思います。ぜひ訪問してみてはいかがでしょうか。

https://mugonkan.jp

最後に館長の窪島誠一郎さんの詩をご紹介させてもらおうと思います。

あなたを知らない

遠い見知らぬ異国くにで死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺のこしたたった一枚の絵だ

あなたの絵は朱い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国のあのふるさとの夕灼やけ色
あなたの胸をそめている父や母の愛の色だ

どうか恨まないでほしい
どうか咽なかないでほしい
愚かな私たちがあなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく五十年も経ってたどりついたことを

どうか許してほしい
五十年を生きた私たちのだれもが
これまで一度として
あなたの絵のせつない叫びに耳を傾けなかったことを

遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのはあなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻きざまれたかけがえのないあなたの生命の時間だけだ

窪島誠一郎
一九九七・五・二(「無言館」開館の日に)

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