灰と薔薇のあいまに。詩的で意味深。それでもこの世界の全てを包み込む覚悟のような強い意志が感じられるテーマを掲げた愛知で行われた芸術祭に行ってきました。

他の地域で行われるそれと比べて、明確に鋭くこの社会の中で燻り続ける問題や矛盾について考えさせられる作品が多く、我々が意識的に逸らしてきた視線を見透かしたように、もう無視できないステージまで来てしまっていますよと訴えかけているように思いました。

また参加アーティストの出身やルーツが世界中多岐にわたることも印象的でした。
アフリカや中東、パレスチナ、アイヌ、インジバルンディ。
改めてアートや芸術と呼ばれる美の概念は、先進国と呼ばれる国々や多数派の人々が何かしらの商品や経済活動に箔や物珍しさを付加するための小さくつまらないものではなく、世界中で暮らす全ての人が持ち得る誇りや愛情の中にそれは芽生えるものであると強く感じました。

個人的に特に興味深かった作品をいくつか。
愛知芸術センターでは是恒さくらさんの作品、白華のあと、私たちのあしもとに眠る鯨を呼び覚ます。
人と鯨の、捕鯨と常滑の関係性と歴史をリサーチして再構築した作品。縄文時代から戦後まで密接に結びついていた我々と鯨の関係性。
またクリストドゥロス・パナヨトゥさんの作品では、演出で女性が宝石商を演じて仮晶という宝石を売るパフォーマンスを行なっていてびっくりしました。普通に物販だと思って話をしていました。。
大小島真木さんのインスタレーション、ジョン・アコムフラさんの映像作品も凄かった。。
陶器美術館では西條茜さんの陶器の怪しげな楽器、そして瀬戸の街中で佐々木類さんの銭湯でのインスタレーションが印象に強く残りました。

会場はとても広く、名古屋、瀬戸それぞれの美術館を巡るだけで我々の訪問はあっという間に終わってしまいました。
数週間後、改めて瀬戸の街中で展開されている展示を見に愛知を訪問したのですが、その時に訪れた瀬戸の街の風景が印象深かったです。
静かに流れる時間、小道に積るイチョウの落ち葉と日向ぼっこする黒猫、アーケード商店街にこだまする地元の方の挨拶と井戸端会議。
落ち着きと活気のバランスが素晴らしく、また活気は控え目かもしれませんが、人々の表情は明るく、この芸術祭を地元の方も楽しんでらっしゃるように思えたのでした。

ここまでが名古屋の美術館の中の展示。展示会場は瀬戸の街にも。

こちらが改めて訪れた瀬戸の街。
焼き物が埋められた路地を早朝に散歩したのですが、これが素晴らしかった。

昭和という時代がそのまま残る商店街。自分の故郷、和歌山の商店街とよく似ている。

今は使われなくなった学校を利用した展示。

そして会場は工場の中にまで広がります。焼き物に不可欠な粘土を作っていらっしゃるとか。この場自体がエグいほど興味深い雰囲気。こんな場所でいつか自分も展示をしてみたい。

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