25年ほど前、はじめてバンコクを訪れた時に感じた、未だ見ぬ世界への高揚感を今でも覚えています。
ビルの隙間から見える巨大な仏塔。路上の10バーツで食べられる屋台グルメ、そしてこの高揚感を体験しているのが自分だけではないと肌で感じられるカオサン通りに溢れる同じ顔をしたバックパッカー達。
永遠ではない束の間の逃避行。皆、ただ飛行機に乗って遊び来ただけなのに、旅という何か人生の秘密に気がついてしまったかのように浮かれた気分になってしまっていました。
そして今、バンコクは物価も当時の倍近くにまで上がり、僕がかつて足繁く通っていたカオサンには安宿と高揚感はなく、街の様相はだいぶ変わってしまったように感じました。よく言えばとても綺麗に、便利に。少々味気なく、グローバルになったとも言えるのかもしれません。
それでも運河の多いトンブリー地区の路地、お寺、運河を歩いていると懐かしい音や匂いが風に乗って感じられることがありました。
路地裏を歩いて、今回は二つのお寺へ。ワットクンチャン、そして有名なワット・パークナムの訪問でした。
ところで日食、あるいは月食が起きる理由、あるいは月が毎晩満ちて、闇にまた溶けていく理由をご存知でしょうか。自分は何度教えてもらっても、どこか本当に??とちょっぴり思い続けていたりします。
わからないことは想像しよう。昔の人が作った大空を眺めて妄想した神話はユニークで興味深く、どこか不思議な説得力すら感じたりも。
曰く、遠い遠い昔、アスラと呼ばれる悪鬼のラーフは、神々が持つ不老不死の薬アムリタを盗んであと一歩のところまで迫ったのですが、太陽と月の神に見抜かれ、主神ヴィシュヌに首を刎ねられてしまいました。しかし口にアムリタを含むタイミングだったラーフは頭だけは不死になり、太陽と月を追い続け丸呑みしてしまうのですがすぐに喉から天体は抜け出してしまう。蝕や月齢はこの追いかけっこが今もヨザオラで繰り広げられているから。だそうです。
そんなラーフを祀る寺ワットクンチャン。悪者じゃないの?と思っていたのですが不運をも食べてくれる存在として、黒いものをお供えし祈願をするそうです。
このラーフは占星術でも羅睺という名前で、太陽系の惑星に並んで計都というもう一つの星(切り離された胴体?)と同じく役割を与えられているとか。見えない、しかし確かに存在している星。ダークマターのような存在。
この怪しい神話が自分は昔から大好きだったので、このワットクンチャン参拝はとても興味深く、印象に残る体験でした。
僕の知る仏教とは少し異なる、ヒンドゥーなのか、ただの趣味なのかはかりかねるエキゾチックな仏像とオブジェ多数。
運河には鳩とナマズがビビるほどおりました。
運河を越えると、有名なワットパークナムはすぐそこ。トランプを茶化したようなTシャツにニヤリ。
もはや説明不要な新しいバンコクのアイコンの一つ。エメラルドの仏塔。
確かに美しく記念撮影に余念がない我々観光旅行に来た皆さんですが、その一つ下のフロアでは当たり前のように法要が行われ、むしろ心に響くものがあったとしたらその信仰の姿であったように思いました。
黄昏時、バンコク下町。華やかでもなければ閑散としているわけでもなく。
鳥と犬をバイクに乗せて桃太郎のように焼き鳥を買うお姉さんがとても素敵でした。なぜかナンバー座間市。。
軒先で昼寝している。個人事業主の一つの究極の形へ到達。
名も知らぬお寺で葬儀が行われていました。
大音量で念仏がスピーカから流れ、煙はバンコク、空高くへ。






























