轍無き水平線

On 2018年11月11日 by pointweather

金曜日の夜、スターナビゲーションと呼ばれる航海術で旅をするカヌーに乗り、太平洋を旅する光菅修さんの話を聞く場を開きました。
実は僕はこのイベントが開催されるまで正直ほとんど光菅さんのことを知らなかったのです。
プロの冒険家の方なのか。なぜ海を漂うのか。そして何を語るのか。
聞きたいことはたくさんあれども、海の男にあれこれ聞くのは野暮なのか。そしてその少し日本人離れした雰囲気にちょっぴりおっかないぜとすら思い、打ち合わせはあってないが如く。
それこそ航海のように、風まかせ。本番で本人が少し遅れるというハプニングもあったりして、何が起きるかわからんぞ、そんな気持ちでこの海旅のような語りは始まったのです。
大海原の旅に出ることはものすごい勇気がいることだと思います。ましてやささやかな星のきらめきや風、潮流、鳥の群れなどが頼り。乗船前には万が一何かあっても簡単な水葬で済ませますと言う誓約書を書くそうです。
シフトで星や潮流を常に見ていないといけないし、嵐、船酔い、そこに自ら志願する肉体と精神。この男、屈強にもほどがあるぜと思っていました。

しかし話を聞くと、誰もが持っている弱さや迷いも当然のようにそこには存在していて、だからこそ波に囲まれる場に自らを置く。選ばれし人の冒険自慢では決してなく、もがくように、それでも人生に立ち向かう姿勢の延長上にある船出。
その姿に僕はとても共感を覚えました。

写真ではウミガメの卵を食べていますね。お茶目な一面も秘めているようです笑。
お客さんも濃厚な方が多かったように感じます。
風に乗って島から島へ。やがて旅行から冒険に。

轍を追わない旅。凪になると時間も止まる水平線を目指す旅。
そういった旅が存在する境界線がどこにあるのかまだ僕にはわかりませんが、その線が見えた時にどうするべきか、何をするべきなのか。
越える人に会い、話を聞くことは僕にとって宝のような時間なのだと改めて思いました。
ターメリックで肌を包み見送ってくれる島の流儀。
祝福と同時に死装束でもあると知る。
お客さんで来てくださった方の中にケンさんという方がいらっしました。
船乗りの先輩なんですと紹介された初老の男性の手の甲には少し呪術的の意味を秘めていそうなシンボルの刺青が。
お伺いするとこれは鮫の歯を意味しているとのこと。

ケネディ大統領の頃に兵役が嫌で南の島に、今でいう海外協力隊のような任務を帯びて旅立った時から今まで、海で生きるケンさんの姿と語りはとても柔らかで素敵でした。
凪と嵐、恵と死。
海の持つ二面性を垣間見たような出会いでした。
そんなケンさんとエネルギーの塊ような男、オバラさん。
いつもいい刺激を頂いております。
明日人生が終わる、最後の一日だとしたら。それでも何かをすることに躊躇するのだろうか。
人生が一度だと知ってなお、躊躇するのか。
仕事を忘れて海の話を一人の人として聞きながらそんなことを思いました。
本当に素敵な時間と場でした。
改めて来てくださったお客さんと光菅さんに感謝を。
また何か面白い場を設けることができたらいいなと思います。

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