終焉の先のアンガマ

On 2017年10月6日 by pointweather

本日無事に写真の方展示することができました。

僕は子供の頃から、我々、というか自分はどこから来て、やがてどこに行くのだろうという漠然とした疑問を常に持って、日々を生き、そして旅を続けてきたように思います。

八重山の旧盆ではウシュマイとンミーという二人の老人がその従者のような謎の集団、ファーマーを引き連れて町を放浪します。
怪しい面を被ったこの一行は、訪問先の家でご先祖様に挨拶をして、常世の近況、訓えなどをもはや日本語とは思えない超方言であれこれユーモアを交えて質疑応答をしてくれるのです。

音楽と踊りの絶えない南国特有のなんともおおらかな死生観。
その本質的な答えはわからなくても、いずれ終焉を迎える限りある時間ならこういう土地で過ごしてみたいものだとぼんやり考えさせられます。
命の終焉をタブー視して目を伏せ、どこに向かって進んでいるかわからないまま一生を終えるより、海の向こうには、例えばニライカナイが存在するという想像力を持って生の旅を続ける、そしてその終焉の先はまんざら悪いところじゃないぜと彼らは教えてくれるのでした。

他にも波照間のムシャーマ、イタシキバラ、そして島の端々で出会う、少し浮き世を離れた風景と合わせて写真の方を展示させていただきました。
よかったら見に来てやってください。

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