もう何回目になりますでしょうか。
2026年度も行ってきました京都で行われる写真の祭典、kyotographie。
毎年その規模は大きくなり、メインのプログラムが14、そしてサテライト企画のKG+は実に183という途方もない規模感に。当然一日で見切れる訳もないのですが、それでもその多様な表現方法と会場となる場の呼応する展示はいつ来ても見応えがあり足繁く通っています。
参加している作家さんも写真集を持っている方だけでも、ピーターヒューゴ、ピオトル・ズビエルスキさん、斎藤陽道さん、澄毅さん、あるいは森山大道さんなど凄いラインナップ。またKG SELECTには仲良くしてもらっている写真家の平良博義さんの姿も。こちらも凄い!
いつもセンスの塊のような町家から物語は始まっていきます。
受付とパレスチナの写真、そしてフォトブック。
続いて一般公募のKG selectへ。刺激という意味では毎年ここが一番楽しみまであるかもしれません。自分はミラ・レイ・サラバイさん、キム・ウンジュさん、宛 超凡さん、ピオトル・ズビエルスキさん、そして平良さんの作品が特に印象に残りました。
阿波踊りを巡る平良さんの作品、ぞめき。
夏の風物詩としての阿波踊りではなく、400年の歴史を超えて愛されてきたストリートのカルチャーとしてルーツを巡る旅と音の記録。興奮と陶酔、祈りであり、ここではない世界と交信する呪術のようなトランスでもあるような。
人間の内側をむき出しにして躍動する姿が壁一面に。平良さんもまた音楽と共にある、踊る写真家であるからこその作品だと思うのでした。踊り鑑賞推奨。
見応えありました!
音楽フェスで言うなら、ロック、ヒップホップ、エレクトロのように、毎年偏ることないように写真作品のジャンルが散りばめられているのですが、わりと普段はさらっと見学するファッションの作品が楽しい。ケニアのタンディウェ・ムリウさん。突出した色彩の感覚が古い呉服問屋さんのお屋敷と不思議とマッチしています。
衣食住など文化の違いがあれども同じ生活の風習のコントラストを際立たせる展示はいつだって面白いですね。
メインの会場と言ってもいい京セラ美術館。
壁面全体が色彩豊かなキャンヴァスのような派手派手な会場に圧倒されます。森山大道さんの展示は近代美術館で観に行った中平卓馬さんのそれを連想させる、時代ごとの遍歴、若き鋭利な感性が時代を経てどのような手法と表現に帰結していくのか。またこの先どうなっていくのか。スリリングな展示でした。
同じく京セラ美術館の展示。アーネストコールの囚われの地。白人か、そうでないかの選択から始まるアパルトヘイトの写真。
ピーターヒューゴの光が降りそそぐところ。
産業廃棄物の解体業、ハイエナを愛犬のように愛でる人々といったドキュメンタリーで有名な作家さんですが、今はもっと人間の一生のような俯瞰したテーマで作品を作っているようでした。
今回のテーマはEDGEとのことですが、裏テーマとして南アフリカの作家さんにフォーカスしていたようです。個人的にはこの展示が今回のkyotographieで一番好きでした。
蛇足ですが京セラ美術館ではkyotographie以外にもいろいろな展示が行われていました。同時開催の大ドロボウの家展はこちらですよとスタッフの方が案内してくれたのが微笑ましかったです。
いわゆるギャラリーの展示と違い、作家さんが在廊していて話を聞くことができるという場が京都ではあまりない気がします。少し寂しい。
そんな中、齋藤陽道さんと二人展を行ってい澄毅さんとお話しできたことが嬉しいハプニング。スリットを入れたり、刺繍をしたり。デジタルに寄っていく写真の世界で人間の力を感じることのできる作品でした。ご本人も素敵な方!
こういう展示が見たかった!
重信会館のイヴマルシャン、ロマメェッフェルの残されるもののかたち。実際の廃墟で行われる廃墟の写真展。これぞkyotographieといった場の面白さ。
蔦で覆われ沈澱した歴史の中を歩く体験は少し不安で美しく、なぜか敬虔な気持ちになりました。
途中春翠が窓の方を見て小さい恐竜がいるとつぶやいていたことには、少々ひんやりした気持ちになりましたが。。
知る人ぞ知るデヴィンタウンゼントのポスターが貼ってあってニヤリ。かつての住人の私物でしょうか。自分もCD持っていたような気がします。
覗き込めばそこは廃墟。。
毎年使われている二条城や建仁寺 両足院が使われなくなってしまったことは少し寂しいですが自転車で京都を周りお気に入りの展示を見つける楽しさは今年も変わらず。いつか自分もお寺や神社で写真を展示してみたいなと改めて思うのでした。





































