tokyoen02基本あまり泣き言や不平不満はブログには書かないようにしているのですが、どうしても受け入れ難い知らせを聞いてしまいました。
綱島温泉こと東京園さんが東急、相鉄の路線延長の都合で休業してしまう事になってしまうことになってしまったようです。
特に一人で営業するようになってから、かだつけやら仕込みやら、なんやかんやで丑三つ時越えしてしまうことがたびたびあって、そんな時はもう開き直って店にいながら夢の世界へ。
翌朝は綱島温泉でがっつり疲れを落として、ホールでウォーミングアップを始める御隠居たちに癒される日々でした。

そんな地元の人々の日常と、持ち込み自由や格安で宴会場を貸切らせてくれる社長の粋な計らいにより集まった若い人たちによる数々のライブやイベント、結婚式といった非日常。
遠くは他県からこの昭和とサブカルチャーがクロスオーバーする奇跡の熱泉にお客さんが訪れ、全盛期にこそ及ばないものの、賑わいを取り戻し綱島をやさしく牽引していってくれる存在でした。

僕が訪れた日は偶然アニメの主題歌のカラオケ祭り、きゃらそに温泉というイベントの日でした。フロントではゴスロリ風の衣装を着たお姉さんがチケットをもぎりその横を割烹着のような衣装を着たおばあさんの集団が駆け抜けていきました。風呂の中では内気そうな青年が常連さんに最近のアニメ事情を裸で説明していました。本当に凄いことです。

僕の家は今相鉄沿線です。確かに便利になるとは思います。しかし代償はあまりにも大きく、やり方はあまりにも強引だったのではないでしょうか。
世界のアップル社が工場を作るとかで浮足立つ綱島ですが、正直東京園の代わりにとうていなれるわけもなく、なんだか大きく様変わりしていく綱島のスピードに今は付いていく事ができません。。
68年の歴史、一万人を超える署名が絶対になくてはいけないと到底思えない都合で踏みにじられることに、同じ小さなお店として不安を覚え、そして強い憤りを感じます。
tokyoen01とある日の宴会場での日常。彼岸とも例えられる御隠居達のダンスホール。カラオケの歌声が鳴り響く中、くるくる回る人生の先輩方のラストワルツ。畳のフロアでは手間暇かけてこしらえたお惣菜がずらり。
毎日がフェス、あるいはピクニック。本当にうらやましい。
老後を心底楽しみに思わせてくれる施設を僕は他に知りません。
tokyoen12お風呂上りにこの小上がりでうつらうつらするのが本当に好きでした。テレビから聞こえてくる囲碁解説と小鳥の鳴き声、そしてほどよいボリュームの隠居たちのガールズトーク。もう若くないんだからさ、なんて言ってうはうは笑っております。
tokyoen04御存知でしたでしょうか?こんなエッジの効いたTシャツもあるのです。
tokyoen05トイレのスリッパが小さすぎたこともすぐに思い出になってしまうのでしょうか。
tokyoen14個人的に最も印象深かった日はやはり出店させてもらった湯びらき祭りでしょうか。
地元の人や一部のマニア層だけでなくお子様連れの若い御夫婦にもこの場所が持つ特別な何かが伝わった大切な一日だったのではないでしょうか。tokyoen07今は冬眠中のクスクスをこしらえてお伺いさせてもらいました。駐車場でいきなりタッパーをぶちまけてしまったのも今はいい思い出です。
tokyoen0668年前、1947年。終戦からわずか2年。日本国憲法が公布された翌年にオープン。
どれほど多くの人の疲れを癒してきたのか想像もつきません。
tokyoen08つい先日も朝湯にお伺いさせてもらいました。
春の日差しの中花が咲き乱れる中庭。
tokyoen09優しい光に包まれた、いい意味で手を加えていない自然のままの中庭が綱島温泉とはなんなのかを何よりも雄弁に語っているのではないでしょうか。
tokyoen13この桃源郷で語らえる時間はもう本当に僅かしか残されていないのです。
tokyoen11東京園を大切に思って、必要としている人がいるのに目先の利権に囚われ決断を下す愚かさが悲しいです。
色々旅をしてきましたが世界中に点在する世界遺産になんら引けを取らない、むしろそれ以上に価値のある空間だと本気で思っています。
愛され続けて、今も尚輝き続ける空間を破壊する人が何百年前の記念碑を大切にし美しい国と唄う滑稽さ。
今を大切にできなかった我々にも輝かしい未来は訪れるのでしょうか。
綱島が何を得て何を失うのかはわかりませんが、残された時間で僕はまたしっぽりと極上の昭和時間を楽しみに行こうと思います。

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