山小屋金曜日は田中幹也さんのトークイベントでした。
SNSやyoutubeなどの普及で誰もが世の中に向けて何かを発信することが容易になった時代だと思います。注目されたい、それだけがモチベーションになり旅に出たり、山を登ったり、写真を撮ったり。
頑張った、あるはすごい体験をした、感動をシェアする!なんて言われても正直胃はもたれるし、またどこかで聞いた話かと思うこと多いと思います。
世界地図にもう空白は残っていと幹也さんは言いました。

幹也さんの冒険の話で面白いのが、目標を定めそれに向かって頑張る私を見て!といったまるで感じられないところではないでしょうか。
曰く、山に入る前、天気予報を入念にチェックする。嵐の日を探しているから。。
かつての自分自身の限界だけが常に目標で、世の中からの評価、つまり褒められたくて旅をする価値観に真っ向から向き合う姿勢。ハッとさせられることが少なくなかったです。
テレビゲーム的ななぞる旅とは異なる道。チェス、あるいは禅のようなものに近いのかもしれません。
トークショーイベントもまた風変わりで、おもむろにそれは始まり、歴戦の猛者の山のプロの方々からの合いの手やツッコミとともにふわっと始まり漂うように進んでいきました。
本当に凄い奴はそのまま死ぬ、俺は大したことしてないからと嘯きますが、雪崩や凍傷、雪に埋まったテントの写真の数々。壮絶ながらもユーモアあふれる語り口に笑っていいのかそれと思いまながらもついついニヤけてしまします。
しかしさすがに凍傷かかった時ストーブにツッコミすぎて靴下燃えてたけど気が付かなかったんだよねーと笑いながら語る姿に僕は戦慄を覚えました。

飄々とそれでいて凛とした美学を貫きながらも、最近はsnsにハマっちゃってと笑ったり、1カロリーでも大切そうなカナダの雪原の中で納得いくまで自撮りを繰り返したり。
最後記念撮影をと声をかけてくれたファンの方に嬉しそうに僕は後ろ向きでと謎のツーショット写真を撮っていた姿が印象的でした。常人じゃないです笑。
とにかくステレオタイプにはまらない姿勢。それは山の登り方ではなく生き様なんだろうな思いました。
田中幹也 山のことは詳しくないので、いつか帰ってこなくなってしまうのではないかと正直心配ではありますが、本来人間なんて嵐の山に突っ込むくらい自由な存在なのかもしれないなと思った夜でした。

ちなみに一緒に写っているのはモーターパラグライダーを操る写真家の山本直洋さん。光菅修さんの海の話から始まったご縁が山を経て、空に繋がっていくのはなんだか胸が熱くなるじゃないかと一人興奮していました。
太平洋の船室から雪の止まない山小屋へ。
また何か自分自身と向き合うために旅をする人の語りを聞ける空間として使ってもらえたらカフェ冥利につきるなと思うのでした。

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