台湾の泡

On 2018年9月21日 by pointweather

話は飛んで台湾。引き続き徒然と。。

バングラ帰りで立ち寄ったのですが、用事がなくても話しかけてくる人ばかりのバングラに比べて、台湾では当たり前ですが、そんな人いません。
わかってはいるのですが、やはり少し寂しいなと思いつつ立ち居寄った新竹。ここでどしゃ降り。
傘持たずの旅人。アスファルトの上を移動するワカメの塊みたいになって困っていたら、なんと傘を通りすがりの方にいただきました!
ネット上に限らず、そして自分も含めて、世界平和、政治問題、国際情勢、すごくいいことを言う人たくさんいます。
けど僕はいいこと言っても、そしてたまたま傘を二つ持っていても知らないワカメみたいな人にはなかなか譲らないと思います。
ダッカでは下半身がない人や死にかけている人の脇を無関心を装って足早に通り過ぎました。だからこそ口じゃなくて、小さくても行動できる人に心底シビれました。
貴女を尊敬します。多謝。今回の台湾は中元祭、ご先祖様が存在するいわゆるあの世と我々の世界がつながる時期ということで、いろいろ歩きまわりました。
店先ではお札のようなものを燃やし、海に船を流し。
死後は永遠に天国にあるいは生まれ変わる、そのどちらとも少し違う世界観、やはりそこは隣国、すごく親しみのある風習だと感じました。そんなシンパシーを吹っ飛ばす爆撃一閃。
台湾といえば爆竹、爆竹といえば台湾。初めてがっつり本場の洗礼を浴びたのですが、これが強烈の一言。
爆風でメガネずれました。。
一粒一粒よく噛んで味わいなさいと小さい頃両親に言われつつもご飯をかっこむことを止められない、そんなお小言の思い出がふと脳裏をよぎる。開封せずに箱ごと炎にくべる楽しみ方はまだまだ理解にはほど遠い、そう思うのでした。
台湾の街歩きで気になった場所の一つがゲーセン。気のせいか、いわゆるゲームはどこにもなく無人、無音のUFOキャッチャーだけが延々と並ぶ風景を度々目にしました。
吸い込まれそう。。気がついたときには景品の一部と化してつられる日を待つ運命。そんなラビリンスではないと言い切れない不穏さ。
またゲーセンで驚いたのが路上にはみ出したカラオケボックス。歌うんかねここで。。
しかしよくよく考えてみるといつから人は歌を歌うために人目を、時と場所と空気を気にしなければいけなくなったのか。
人間にはどんな時でも歌う権利があるはず。
泡のように消えていく毎日だからこそ歌を歌いたい。そんな台湾の路上。

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